2007年7月21日土曜日

写真が残す真実


左の写真は、Robert Capaを一躍、有名な戦争フォトグラファーとした一枚のスナップショットである。1936年、スペイン内戦時の一枚の写真であり、キャパが22歳の時である。彼は、ハンガリー・ブタペストのユダヤ系両親の間に生まれ、彼の生涯は、戦争と共にあったといっても過言ではない。
0歳の時に、オーストリア皇位継承者夫婦がボスニアの首都サラエボでセルビア人青年に暗殺される事件がおき、これを機に、ヨーロッパは、第一次世界対戦へと突入する。5歳のとき、ハンガリーは、第一次大戦の敗戦国となり、7歳の時には、反ユダヤ法が制定されている。この法は、第一次世界大戦末期に萌芽した社会主義革命や、敗戦ダメージをユダヤ人に転嫁する顕著なもので、ユダヤ人への大学入学を制限(締め出す)する法律であった。彼は、17歳で、ハンガリーを後にし、ベルリンに向かう。当時のベルリンは、ハンガリーから亡命した人々が大勢いたそうだ。当時のドイツは、世界最先端を行くカメラ技術(ライカ)の進歩と共に、写真家がジャーナリズムに組み込まれ、フォトジャーナリズムの方法論が確立されていく過程にあった。
しかし、ご承知の通り、ヒトラーの国民社会主義ドイツ労働党(ナチ党)が躍進して、総選挙で勝利。キャパは、19歳にして、パリへと向かう。その道中、コペンハーゲンにて、スターリンによって国外追放されたトロッキーの演説を聞き入る観衆の中で、ポケットに忍ばせたライカにて撮影した「演説するトロッキー」が、彼の事実上の処女作となる。31歳の時には、あのノルマンディー上陸作戦をアメリカ側軍隊に加わり、同行撮影している。ピンボケしたその写真が、戦闘の激しさを十分、伝えている。
だが、1954年(キャパ41歳)に、仏領インドシナ(現ヴェトナム)にて、フランス軍兵士を追って、ハノイ近郊の堤防に沿った野原へ入る際、地雷を踏み、彼の生涯は幕を閉じている。戦争と共に歩んだ人生。十分と言っていいほど、激動の時代を最前線で生きた人生である。
なぜ、今回、Capaを取り上げるかというと、先日、神田&神保町周辺の古本屋をさ迷っていた。なにか、Happinessを言葉によって、論理的に定義するよりも、実は、写真、絵画などから、共感できるPicturesを集めたら、それが、自分にとってのHappy Worldになるのではないか?っと思って、古本屋街を散策しました。その時、偶然にも、Capa's Eye ってな彼の写真集を発見したので、Happy Worldをそっちのけで、熟読し、その本を購入した。
僕とCapaの出会いは、大学3年生の頃で、オンボロアパート(26,000円/月)の隣に住んでいた中国語学科のM君の影響が大きかった。彼は、結局、ジャーナリストの道を選択し、某有名新聞社と某有名放送局の2社から内定を貰い、悩み、結局、放送局へ就職した。彼の部屋には、Robert Capaや開高 健の写真集が一杯あったし、ライカのオンボロカメラもよく磨いて可愛がっていた。丁度、僕達が大学3年生の時は、1997年で、香港がイギリス領より中国へ返還される年で、共産主義ってなコンセプトを大いに酒(サントリーウィスキー=なぜなら、開高健が愛したから)を飲みながら語り合ったのを懐かしく感じる。彼曰く、どんなに映像メディアが発達しても、活字の力は失われる事なく、また、写真も同様に強いメッセージ力を持っている!っと熱心に語っていた彼を思い出す。
確かに、それは、同感で、一枚の写真で歴史が変わる瞬間を僕達は見てきた。硫黄島に建てるアメリカ国旗の写真は、アメリカ国民に勇気を与えただろうし、逆に、ベトナム戦争では、メコン川を子供を抱えて必死に渡るベトナム人母親の写真は、一気に、アメリカ国民を反戦ムードへと導く。僕達世代でも、第一次湾岸戦争によるペルシャ湾で、オイルまみれの海鳥を見て、戦争を一層、身近なものとさせる。一枚の写真には、言葉では表現できない、瞬間的で爆発的なメッセージを持つ。しかも、それは、メディアと合体し、ストーリーが追加される事で、写真が一人歩きする危険性も同時に持っている。あのオイルまみれの海鳥は、フセインの意図的なシナリオか?ってね。
キャパから何を学ぶか?
人生は、一度しかない!っな事を、何回か耳にした事はある。細く長く生きるか?太く短く生きるか?ってな愚問も若い頃にした事あるなぁ~って思い出す。今思えば、一生懸命、生きれば、それが、細くても、太くても、長くても、短くても、関係ない気がして。でも、その一生懸命が、難しいわけで。。。自分達にはできない人生をCapaはしたからこそ、死後50年以上経過した今でもなお、Capaは、強いメッセージを送り続けているように感じる。
ますます、混沌とする世代に生きる僕たちとして、真実は何か?って、突き止めたとき、多くの人は、その真実を見つけられないけど、運よく、見つけられる人は、その真実は、実に複雑で、実に惨い、実に欲の塊で、実に絶望的で、実に人間不信に陥る結果であるのではないかな~って思う。また、それこそが、真実なんだって事を、恐怖から受け入れられないかもしれない。例えば簡単な真実としては、太宰治が人間失格の中で出会う真実とか。例えば、愛する人が死ぬとか。例えば、自分が末期がんである事が判明するとか。複雑な真実としては、ケネディーを暗殺した犯人が誰かを知ることとか。
まぁ、時に、真実は、そんなに悲観的な物ばかりではなく、美しいものである時もある。晩年のCapaは、日本を訪問し、GHQの元、喜び&希望に溢れる日本の風景をも撮影している。要するに、Happyって何かな?って考える時に、すべての真実(善悪)を受け入れる準備がないと、Happinessをも獲得できない。っと思える。悪(受け入れたくない現実)を受け入れるからこそ、その反動で、善が、とてつもなくHappy Momentsと感じられるんだろうね。また、一生懸命生きるのと同じように、悪(悲しみ)を受け入れる事は、難しい事なんだけど。。。
PS:
最近、クラスメイトが持っているCanon一眼レフ・デジタルカメラを見て、欲しいなぁ~って感じる。7万円くらいだそうだ。実は、7年ほど前に、アナログ・一眼レフカメラを僕は、購入している。当時のペンタックスラインナップの中では、結構、ハイスペックなカメラ。デジカメは、光の量やピンボケ防止機能など、また、撮影後の加工性を考えると抜群である。でも、自分の取ったアナログ写真と比べると、なんか、アナログ写真の方が、自然な光量で、ナチュラル映像が取れる気がする。デジカメで撮影した無理な逆光写真、暗闇写真は、下手に無理やり光の量を調整して、不自然である。絶対、アナログ写真が良いよ。もっと、これから、一杯、ペンタックスマシーンで、僕のHappy Momentsを記録に残しておこう!って思います。ピンボケ? It is welcomed because Capa also took pictures in ピンボケ.